事件の経緯

「長期的にも働ける環境」

Aさんは、2019年4月から、青山学院高等部で非常勤講師を務めてきました。同じ教科の専任教員による選考(模擬授業、面接)や管理職面接を経て採用に至りました。

当時、青山学院が設置する一貫校では、非常勤講師を一律5年上限で雇止めにするルール(不更新条項)が運用されており、Aさんの契約期間にも「最長5年」という上限がありました。

2020年1月9日、Aさんは、同じ教科の専任教員から来年度(2020年度)の意向を問うメール(同じ教科の他の専任教員にもCcで同送)をもらいました。そのメールには、①教科の専任教員3人で来年度の授業について話し合いをもち、今年度と同じ授業を同じコマ数、Aさんに担当してほしいということになったこと、②非常勤講師の一律5年上限での雇止めルールが青山学院の一貫校で撤廃され、長期的にも働ける環境となっており、そのことを青山学院高等部の部長(校長)にも確認したこと、③教科一同、Aさんの雇用契約について来年度も継続を望んでいること、の3点が記されていました。

こうしたやり取りを経て、Aさんは、青山学院高等部で長期的に働ける期待をもち、契約を更新しました。

Aさんは、1年間の有期労働契約を計4回更新し、通算5年にわたり青山学院高等部で教育活動に従事しました。2019年度から2023年度までの5年間、Aさんの担当科目や担当コマ数は変わらず、安定して授業を任されていました。 

突然の電話一本での雇止め

2023年12月15日、Aさんは、同じ教科の専任教員から電話をもらい、2024年3月31日での雇止めを通告されました。

電話では、①2024年度、クラス担任をもたない同じ教科の新規採用専任教員がおり、専任教員の担当コマが増え非常勤講師の担当コマが減るため、Aさんの担当する授業がないこと、②その次の年(2025年度)は、新規採用教員がクラス担任をもてば事情が変わる可能性があるが、不確定なので、Aさんの復帰を約束できないこと、の2点について話がありました。

学校の求人募集のピークはとっくに過ぎており、この時期から教員としての次の働き口を探すのは困難です。Aさんは、4月からの生活の目途が立たない状態に追いやられてしまいました。

到底受け入れられないと思ったAさんは、学外の労働組合である「私学教員ユニオン」に加入して青山学院と交渉することにしました。私学教員ユニオンは、①Aさんの雇止め理由証明書の提出、②無期転換申込権発生直前でのAさんの雇止めの撤回、の2点を要求し、青山学院に団体交渉を申入れました(2023年12月28日)。

2024年1月31日に青山学院からAさんに発行された「雇止め理由証明書」には、「専任教員の担当コマ数の増加」という雇止め理由が書かれていました。しかし、2024年度、非常勤講師の担当コマがなくなってしまったわけではありません。3名の専任教員では担当しきれない授業をAさん以外の非常勤講師にすべて担当させるのが青山学院の方針です。しかも、2025年度以降、非常勤講師の担当コマは増加する見込みで、青山学院が主張する「専任教員の担当コマ数の増加」は一時的なものです。 

団体交渉で雇止め撤回を要求!

私学教員ユニオンと青山学院(法人本部)との間で2回、団体交渉が実施されました(2024年2月5日、19日)。

2月5日の団体交渉では、冒頭、青山学院法人本部の常務理事から、「雇止めは撤回しない。結論から言うと、半年分の給与を解決金として支払うので、和解の検討をしてほしい」という趣旨の発言がありました。

まだ何の労使交渉もしていない段階で、金銭解決を「結論」として示すという青山学院の交渉姿勢に、Aさんはじめ組合員は愕然とし、不信感をもちました。

私学教員ユニオンは、Aさんの雇止め撤回と契約更新を青山学院に要求しました。同じ教科の専任教員から長期的に働ける環境だと言われ、実際に5年間同じ条件で働いてきたこと、契約の更新手続きが形骸化していたこと、同種の労働者の更新状況などから、Aさんが契約更新の期待を抱く合理性が十分にあることを主張しました。また、他の教員との担当コマの調整などによって雇止めの回避は可能なのに、そうした措置を一切行わず、雇止めを強行するのはなぜか、問い質しました。

それに対して青山学院は、非常勤講師の雇止めに関しては学校法人に相当の裁量が認められ、Aさんの雇止めが不当・違法であるとは判断できないと主張しました。肝心の人員整理の必要性については説明が二転三転するなど曖昧な説明に終始し、雇止め撤回の要求を拒絶しました。 

無期転換逃れの雇止め

Aさんは、あと1回契約が更新されると、無期労働契約に転換する権利を得ます。Aさんの雇止めは、「無期転換ルール」適用前日での露骨な雇止めです。


無期転換ルールとは、期間の定めのある雇用契約の労働者が、反復更新されて通算5年を超えたときは、労働者の申込みによって、期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換できるというものです。


2008年のリーマンショックの際に「派遣切り」が社会問題となり、その後、細切れ雇用で不安定な働き方をする非正規労働者を保護する観点から、2013年4月に施行されました(労働契約法18条)。

私学教員ユニオンは、団体交渉で、青山学院が雇止めを強行する背景として、Aさんの無期労働契約への転換を阻止する意図があるのではないか、問い質しました。青山学院はそのような意図はないと回答しました。

ですが、Aさんが契約更新を希望しており、雇止めを回避することも可能な状況で、無期転換権を得る直前での雇止めを強行することは、無期転換ルールの導入趣旨に反しています。青山学院によるAさんの雇止めは、事実上の「脱法行為」です。

(無期転換ルールの図は厚生労働省HPより)

 

なぜ裁判を起こしたか

Aさんには2つの選択肢がありました。1つは、青山学院が提示した解決金(半年分の給与)を受け取って和解すること、もう1つは、裁判を起こして司法の判断を仰ぐことです。 

 

自分の生活のことだけを考えれば、解決金を受け取って、就職活動をする方がいいようにAさんには思えました。でもそれでは、非常勤講師の雇止めに関して学校法人の広範な裁量を認めることになります。他方で、Aさんの雇止めが無効であるという判断が裁判所で下されれば、その判断が元になって他の非正規教員の雇用に関してもいい影響を与えます。非正規教員の権利獲得を後押しできます。 

 

教育は人を育てる仕事です。そのためには、教員が長期的なビジョンをもつことが不可欠です。自分が次の年に同じ学校にいられるかどうか分からない。そもそも生活していけるかどうかさえ分からない。そういう状況で、熱意をもって教育に携わることができるでしょうか。 

 

雇止めの不安や恐怖を感じながら働く非正規教員の置かれている状況を改善し、長期的なビジョンを持って教育に携わる環境をつくることは、学校教育現場をよくすることにつながります。こう考えてAさんは提訴に至りました(2024年3月21日)。 

非正規教員の権利向上へ!

裁判の争点は、①労働契約法19条2号の「合理的期待」が認められるか、②認められるとして雇止めに客観的合理性・社会通念上の相当性が認められるか、の2点です。 

有期労働契約の労働者について、契約期間満了での雇止めは、それ自体で違法性があるわけではありません。雇止めに関する法的規制は、期間の定めのない労働者の解雇の場合よりも圧倒的に弱いというのが実情です。

しかし、有期契約労働者を保護するため、一定の場合には雇止めが認められないという「雇止め法理」が裁判の判例上形成されてきました。雇止め法理は、2012年8月に公布された改正労働契約法19条に明文化されています。

条文では、①労働者において有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること、②使用者が契約更新の申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないこと、この2つの条件を充たした場合、使用者は、これまでと同一の労働条件で契約更新の申込みを承諾したものとみなす(=雇止めは無効となる)、と定められています。 

これまでの同種裁判では、非常勤講師の地位に関して、同じ非正規教員でもクラス担任や校務分掌、クラブ活動等も担当する常勤講師等と比べると、法的保護がさらに弱い傾向がありました。Aさんの裁判は、既存の裁判例を覆し、非常勤講師をはじめとする非正規教員の権利向上につながる新しい道を切り開くものです。

広がる非正規の使い捨て

現在、教育業界全体で非正規教員が増加しています。公立学校では全体の約2割ほどですが、私立高校ではさらに多く、すでに約4割が非正規教員となっています。非正規教員は、低賃金かつ1年更新の細切れ契約で働き、「雇用の調整弁」として都合よく使い捨てられています。 

教員に限らず、今年も年度末で多くの非正規労働者が雇止めされています。

たとえば、都内の公立学校で非正規の公務員(会計年度任用職員)として勤めるスクールカウンセラー250名を、東京都が2024年3月末で一斉に雇止めしたことが問題になっています。

ネット署名「東京都はスクールカウンセラーの大量の雇い止めを撤回してください!」

Yahoo! ニュース記事「東京都が250人のスクールカウンセラーを「一斉解雇」 「パワハラ面接」も横行か?」
東洋経済オンライン「都の学校カウンセラー「250人雇い止め」の衝撃 学校や保護者から評価高く、経験豊富なSCが…」

東京新聞「東京都教委が250人大量「雇い止め」 スクールカウンセラーを3月末 契約更新の選考基準も不透明」
東京新聞「16年間も働いたのに突然、雇い止め…「就職氷河期世代が切り捨てられた」スクールカウンセラーの嘆き」

また、大手アウトドアメーカー「パタゴニア」では、 非正規パートタイムスタッフの契約更新が5年上限となっていることが問題になっています。 パタゴニア日本支社で働くスタッフでつくる労働組合「パタゴニアユニオン」では、これを「無期転換逃れ条項」として、撤回を求めています。さらに、無期転換直前で雇止めにされた元従業員が、雇止めの撤回を求める訴訟を札幌地裁に提起しました(2024年2月14日)。

ネット署名「パタゴニア日本支社に、非正規スタッフの無期転換逃れ撤回を求めます。」

朝日新聞「「無期雇用転換前に雇い止め」 パタゴニア元パート、撤回求め提訴」

毎日新聞「「雇い止めは不当」 元パート従業員がパタゴニアを提訴 札幌地裁」
時事ドットコム「アウトドア用品のパタゴニア提訴 雇い止めで元パート従業員―札幌地裁」

青山学院非常勤講師雇止め訴訟は、青山学院のみならず、不安定な状況に置かれている非正規労働者全体の待遇改善に関わる訴訟です。